東京地方裁判所 昭和41年(ワ)8510号 判決 1969年6月21日
原告
石井長年
外一〇名
代理人
葭葉昌司
被告
日本労働組合総評議会
全国金属労働組合森尾電機支部
右代表者
羽生誠
代理人
東城守一
外二名
主文
1 被告は原告らに対し、別紙積立金残額表中請求金額らん記載の金員およびこれに対する昭和四一年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の求める裁判<省略>
第二 当事者双方の主張
一、原告らの請求の原因
(一) 原告らは、いずれも被告組合の組合員であつたが、原告金子勇は昭和四一年四月三〇日、その余の原告らは同月二八日、被告組合所定の脱退届を提出して、被告組合を脱退した。
(二) 原告らは、被告組合員であつた期間、その闘争資金として積立てるため、被告組合に対し、毎月一定の金員を納入してきた。原告らの前述の脱退時における各人別右積立金残額は別紙積立金残額表中積立金残額らん記載のとおりである。
(三)1 積立金については、被告組合の「闘争積立金規定」(以下「積立金規定」という。)があり、その第六条には「組合員の脱退の場合は積立金のみ返済する。但し、争議等に資金使用後退職する者には残金ある場合のみ返済する(但し利息は附さず)。」と定められている。
2 すなわち、積立金規定上組合脱退者である原告らが本件積立金残額の返還請求権を有することは明らかである。
(四) よつて、原告らは被告に対し、本件積立金残額のうち、別紙積立金残額表中請求金額らん記載の金員およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求の原因に対する被告の答弁と主張
(一) 認否<省略>
(二) 主張
積立金規定第六条の解釈
被告組合員は訴外森尾電機株式会社(以下「会社」という。)の従業員をもつて組織される組合であるが、積立金規定第六条にいう「脱退」とは、組合員が被告組合と会社間に締結された「非組合員の範囲に関する協定」第一条所定の身分を有するに至り(以下「職制等移行」という。)組合員資格を喪失した場合および会社を退職することを前提として被告組合から離脱する場合のみを意味する。すなわち、
(イ) 右第六条の「脱退」なる字句は昭和三七年一二月の改正によるもので、その前は「退職」となつており、会社退職以外の事由による組合離脱の場合には積立金を返還しないものとして解釈運用されてきた。ところで、昭和三七年一一月一日会社と前述の協定を締結したことにともない、職制等移行の場合にも返還する必要が生じたところ、右の場合も「退職」という文言であらわすことは困難であるため、上述したような改正がなされたのである。
(ロ) 前述の協定にはユニオン・ショップ条項が盛られているところ、かように被告組合がユニオン・ショップ制により団結権の強化を図つているとき、任意脱退の場合にも積立金を返還することは、被告組合において任意脱退を容認する結果をもたらすこととなるから、かような積立金の運用はありえない。
(ハ) 本来、積立金なるものは、闘争のために費消する目的のものであるから、それに備えて、常に残存額を有しなければならず、返還が当然予定される性質のものではない。
除名事由の存在
1 さらには、任意脱退の場合は兎も角として、積立金規定の文言よりしても除名の場合に被告組合に積立金を返還すべき義務が発生しないことは明らかというべきところ、除名に至らない前に、それに値する行為をなした者が被告組合を脱退した場合は除名と同様な処遇を受けるべきである。
2 しかして、被告組合は、定期昇給の実施をめぐり、昭和四一年三月二八日闘争宣言を発して争議に入り、連日にわたる時限スト等を行なつてきたが、原告らはその最中に被告組合に脱退届を提出するとともに、脱退者を増加させる行動に出たものである。このように最も強固な団結を要する時期である争議中に、原告らが被告組合を離脱し、これに反対する行動に出ることは、争議破りと同じように労働組合の団結権を侵害するものであり、原告らの右行為は除名に値するというべきである。
三、被告主張に対する原告らの反論
(一) 積立金規定第六条には、脱退についてなんら制限的文言がなく、積立金は、積立金規定にあるごとく、毎年一回組合員各人に対し、その積立額を通知する等各個人財産として処理されてきたばかりでなく、これまで脱退の場合にはいずれも返還されており、脱退について制限的に解釈すべきいわれはない。
(二) また、除名の場合にも積立金を返還した先例があり、積立金第六条の脱退の中には除名も含まれると解すべきであるから、除名事由の存否は問題とならない。
第三 証拠関係<省略>
理由
第一争いのない事実
原告ら主張の請求原因(一)項および(三)項1ならびに原告らの本件積立金残額が少なくとも別紙積立金残額表中請求金額らん記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
第二積立金規定にいう「脱退」の意義
一、「脱退」が少なくとも任意脱退すなわち組合離脱の意思表示による組合員の地位喪失を意味することは本来的字義というべきである。これに反して任意脱退が包摂されていないというためには、その旨の取り極め等特別の事情のあることが必要であるが、積立金規定である成立に争いのない甲第一号証全体をみてもそのように字義を否定した特殊な意味に解すべき根拠はどこにもない。そのことは、<証拠>(被告組合規約および被告主張の協定)に使用されている「脱退」(規約第一三条、協定第二項)についてみても同様である。
二、<証拠>によれば昭和三九年の組合大会において、被告主張のような意図から積立金規定第六条が改正されて「退職」とあつたものが「脱退」となつたものであること(同条但書中の「退職」が改められていないのは、整理洩れと推認される)が認められるが、そのことは「脱退」に退職、職制等移行が含まれると解釈できる一つの根拠とはなりえても、被告主張の解釈を導き出す根拠とはなりえない。
また、<証拠>によれば、昭和三七年一一月一日成立した前述の協定はいわゆるユニオン・ショップ協定であることが認められるが、任意脱退者に本件におけるような積立金を返還することは、右ユニオン・ショップ協定締結の意義と背反するものとも、闘争準備資金であるという積立金の目的に背馳するものともいいえない。
他に前述の特別の事情のあることを窺わせるに足りる証拠はない。
第三除名に値する行為をした脱退者の積立金返還請求
かりに、原告らに被告主張の除名に値する行為があつたとしても、積立金規定第六条の「脱退」についてこれを制限する文言がなんら付されていない以上、「脱退」に除名が入らないかどうかは兎も角、原告らの脱退を「脱退」でないとはいえない。
第四結論
叙上により、被告は原告らに対し、別表積立金残額表中請求金額らん記載の金員およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四一年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。
よつて、原告らの請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(浅賀栄 宮崎啓一 豊島利夫)